
こんにちは。
老害という言葉をよく見かけるようになりました。
なんとなく、ニュアンスを感じ取って読んではいますが、
自分ではあまり使った記憶がない言葉です。
しかし周囲の上司や同僚、自分自身の言動を顧みて、
あてはめることができる経験も、どうやらありそうです。
今回は、身近になった老害という言葉と、その周辺の言葉を見てみましょう。
「老害」いつから使われ始めて、普及したのか。

1980年代、松本清張の小説が初出か。
1983年刊、松本清張の「迷走地図」中で
使用されたのが初出ではないかと言われています。
辞書では、指導的立場にある高齢者の
「硬直した考え方で組織の活力が失われること」
とされています。
引用元:Yahoo!ニュース
たしかに、組織の上位には年齢を重ねた人間が多く、
そういった人々の言葉は過去の経験に裏打ちされたものです。
正しく機能するものもあれば、
過去のいくつかの局面でたまたま成功したに過ぎない、
思い込みのような内容もあります。
柔軟性を失い、一方的に押し付けてしまえば、
老害の謗りは免れないかもしれません。
「若害」近年現れ、いま普及しつつある新しい言葉。年長者側の不満も。

老害の対義語か、ポジションの違いを意味する言葉か。
若害VS老害バトル、勃発!「老害と言われたら何もできない」「そう言ってくる若い子たちは俺たちからしたら“若害”」生きづらくなる昭和世代の反乱(集英社オンライン) - Yahoo!ニュース
引用元:Yahoo!ニュース
引用記事中で「老害と言われたら何もできない」
と語るのは、タレントの勝俣州和さん。
問題となったエピソードは、若い出演者に
「料理を取り分けてあげて」
と声をかけたところ、スタッフから
「それは老害になっちゃいますよ」
と注意された、ということ。

個人的には、TV番組制作という、
あらゆる方面へのコンプライアンス遵守を
意識しなければならない立場からは、
こうならざるをえないのだろうと理解はしています。
しかし窮屈この上なく感じ、
「何も言えない」
という言葉には、非常に共感します。
また、そのような話を投げかけてくる若い世代は、
自分たちからすれば「若害」であると続けました。
筆者も昭和後期の生まれなので、どちらかといえば勝俣さん寄りです。
しかし、幼少期から親戚や地域社会とのかかわりが薄い世代からすれば、
前述のような役割分担の在り方は、理解しがたいものかもしれません。
若害という言葉は、老害の対義語的な意味合いがあるとも思いますが、
両者の立ち位置で、身を守りつつ相手を攻撃する造語であるように感じます。
「若年老害」「若き老害」「ソフト老害」年齢ではなく、行動によって線引き。

30代、40代の中堅世代に老害認定も。行動でふるいにかけるなら、10代の老害もいる?
こういう人は『若き老害』かも…提唱者が挙げる“具体的な4つのケース” 若い人から教えてもらう姿勢が大切に(東海テレビ) - Yahoo!ニュース
引用元:Yahoo!ニュース
30代、40代は老害予備軍などともいわれるようです。
まだ「老いて」はいないものの、「若く」もなく、
また勤続年数的にも中堅的ポジションにあり、
若い世代に指示を出す役職にあることが多い年齢層。
しかし、引用記事中のインタビューでは、
「高校の部活の先輩」ですら、老害認定されることがあるようです。
ちょっと使用範囲を拡大し過ぎには感じますが・・・。

どうあれ、老害という言葉の適用を決定づけるのは、
実年齢ではなく、行動にあるようですね。
「ソフト老害」と言われかねない上司の口癖3選 形だけの共感で、問題解決はしない残念な態度 | リーダーシップ・教養・資格・スキル | 東洋経済オンライン (toyokeizai.net)
引用元:東洋経済オンライン
引用記事中では、以下のような老害の特徴を挙げています。
- 上から目線で自分の意見を押し付ける
- 過去のやり方こそが正しいと思い込んでいる
- 自分の非を認めない
- 年寄扱いされると怒る

ここでソフト老害という言葉は、
名前の通り、ソフトな印象を与える要素が加わるようです。
ただ、問題は「印象」だけで終わってしまうことのようです。
「仕方ないことだから・・・」
「以前よりはマシだから・・・」
「気持ちはわかるけど・・・」
などの共感的なワードを使ってはいるものの、
その後に改善の動きがついてこないため、
結果は同じことになってしまいます。
直接的な反発や対立を覆い隠してしまって、
ウミ出しの機会を損なう可能性を思えば、むしろさらにタチが悪いかもしれません。
互いに色眼鏡でにらみ合うレッテルの貼り合いは不毛。解決のためには。

生まれ育った背景が違う別世代のことなので、
お互いを理解し合えないのはある意味仕方ありません。
しかし、相手に責任を擦り付けて
悪のレッテルを貼り合うだけでは、前進できません。
相互に歩み寄りが必要です。
過去に縛られるあまりに前進できない愚を避け、
過去を顧みないあまりに教訓を活かせない鈍を避けなければなりません。
社会の変革のスピードが螺旋状に加速している今、
この困難なパズルを解かなければならないのは現代人の課題です。
いま、「老害」と直面している「若害」世代もまた、
近い将来つぎの「老害」として、つぎの「若害」と対面しなければならないのです。
「害」などという文字を使わずに済む言葉を、その時には使っていたいものですね。
それではまた次回。